《61年会》


2014年、当時53歳のプロミュージシャン21人が集まって「61年会」を結成した。全員が 1961年4月2日~1962年4月1日の生まれの同学年で、30年以上音楽業界の第一線で活動し続けてきた根っからのミュージシャンたちだ。アーティストとして、バンドマンとして、また、職人的ミュージシャンとして、音楽に人生を捧げてきた21人は、同じ年齢のミュージシャンの集まりに不思議な安堵感を得た。まるで中学や高校のクラスじゃないか。タメ口だけの世界は格別だった。同じ時に小学生になり、同じ時に成人式を迎えた21人は、多感な時期に同じような文化的洗礼を受けていた。共通のバックボーンがあった。ぼくたちの10代は1970~1980年、10年丸々が黄金の70年代だった。


 
仕事としてのライブではなく、また、個人の満足感を得るためのライブでもなく、同年代の人たちのためのライブをやろうということになった。そのライブには同学年の人たちがたくさん来てくれた。ステージと客席との間に不思議な一体感が生まれ、一風変わったステージとなった。ぼくたちの行動は小さなきっかけに過ぎなかったが、それでも、他の世代のミュージシャンたちを刺激した。ぼくたちより少し下の世代でも同じような会ができてきた。少しずつだが音楽業界への恩返しにも繋がっていると信じたい。
 
 


会が発足して間もない頃から「60歳になったら武道館でライブをしよう」が合言葉となった。半分が夢であり、願望でしかなかった武道館でのライブが現実のものとして考えられるようになったのは、「1961クラブ」との出会いからだ。1961クラブとは、渋澤健さんが主宰する政界・経済界をはじめ各界の1961年生まれの集まりだ。渋澤さんは、現在 放映中のNHK大河ドラマ「青天を衝け」の主人公・渋沢栄一の子孫で実業界の重鎮だ。渋澤さんのリーダーシップによって会は活気に溢れ、日本中から個性的な1961年生まれが集まっている。アメリカのオバマさんが大統領に就任した時、彼が1961年生まれだと知った渋澤さんが、周りにいた1961年生まれの友に声をかけたのが始まりだそうだ。 始まりからしてロマンに溢れている。立場や肩書はそれぞれ違っていてもKISSやQUEENの話になると誰もが一様に目を輝かせて高校時代を熱く語る。バンド経験者も大勢いた。1961クラブの皆さんとの出会いにより、武道館でのライブの話は、本当に実現するというところまで進んだ。2年半前に1961クラブのメンバーを中心に実行委員会が発足し、定期的にミーティングを開いた。一昨年の秋には協力してくれるイベンターも決まり、あとは日程を決めるだけというところまで漕ぎ着けた。本来だったら、今頃は武道館でのライブが終わり、ほっとしているはずだった。それでも、実行委員会では、前夜祭、前々夜祭的なイベントはできないかと意見を出し合い最善の方法を探っている。
 
今年、ぼくたちは還暦を迎える。これまでと同じように日々音楽と向き合い、時にみんなでライブをする。その延長が武道館だ。今年できないのであれば、来年でも再来年でもいい。1961クラブの200名以上いるメンバーの多くは責任ある立場にいる。頼もしい事に、それぞれが力を尽くせば1万人の動員もむずかしくはないという。61年会だって2000人以上は動員できるだろう。その日に全国から1961年生まれが武道館に集い、共に還暦を祝う。 なんとも愉快ではないか。後輩たちや次の世代に「60歳になったらこんなことができるぞ」「60歳はこんなにおもしろいぞ」というメッセージを残せるかもしれない。武道館ライブ実行委員会の会合で「次世代のために」というスローガンが決まった。この素晴らしいイベントに参加できる喜びを噛みしめながら、武道館のステージで61年会の22人を中心に青春時代に出会った名曲の数々を未来に向けて奏でたい。
 
「61年会メンバー」

〔Vocal〕尾上一平、Shime、藤原MAX正紀、藤原美穂、西涼子、mickie-phoenix、富樫明生、杉原徹 -TE’TSU-、石塚英彦
〔Guitar〕是永功一、HANK西山、西山毅
〔Keyboard〕稲垣雅紀、鈴木憲彦
〔Bass〕依知川伸一、TAK斉藤、根岸孝旨
〔Drums〕ロジャー高橋、阿久井喜一郎、小口隆士、田中徹
〔Percussion〕石川武

(0479クラブ)

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